あなたに幸せを運ぶ天使ハニエル

元Yahoo!ブロガーです。

小説 「有利な結婚の条件」

第五十三話「センセーショナル」

紹介された病院へ初めて診察を受けに行った帰り… 私は駐車場に停めていた車の中で、村瀬からメールが届いているのに気付いた。 彼は金沢のN病院に行っても、すぐに馴染んだようだった。 尋ねてもいないのに、病院官舎ではなく、近くに一軒家を借りた事や、2…

第五十二話「身代わり」

翌朝、不機嫌になっている私の態度にも、村瀬は動じず、 これ以上愛しいものはない、というような目で私を見つめていた。 大阪方面行きの快速電車に私を乗せた後、彼は一人帰京して行った。 学会の間、私は懸命に与えられた仕事をした。 しかし気を抜くとす…

第五十一話「コールガール」

もう終わったのに、尚も彼がそれを続けている理由が私にはわからなかった。 けれども、ほんの一瞬唇を離して 「かわいそうな事をしたね…」 と言うのを聞いて、やっとわかった。 出血したのだろう。 そして彼はそれを啜っていたのだろう。 私は羞恥のあまり、…

第五十話「初めての夜」

私は夕食が殆ど喉を通らなかった。ここ数日で一層痩せたように思った。 「残してもいいですか?」 私はそう村瀬に断って、席を立った。 肉体は正直だから、きっと私は緊張しているのだろう。けれども不思議と何のリアリティもなかった。 それは部屋に入って…

第四十九話「浮舟」

川辺に近づくにつれ「源氏ろまん」だの「源氏物語の里」だのの看板が目立ち始めた。 「宇治十帖の舞台か・・・」 「ご存知なのですか?」 「いえ・・・受験範囲外なので読んでいませんよ。聞いた事があるだけ」 村瀬は微笑んだ。 橋を渡り、右手に宇治川を眺めなが…

第四十八話「切り札」

私は母に「学会の手伝いがある」と嘘をついた。 大学院へ行って、女としての私が得をした事は何一つない。 けれどももしかしたら、他の女の子が決して使えない「切り札」を手に入れたのかもしれなかった。 私はそれまでも、一人でシンポジウムや学会参加のた…

第四十七話「少女の時代への別れ」

私たちは、週に2度も3度も会うようになった…。 けれども、村瀬は仕事の合間に転勤と転居の準備もしているわけで、 おのずと会える時間は、一回に2時間程度であった。 もうすぐ遠くへ行ってしまう、時間がないという事が、私たちに色々な事を省略させた。 …

第四十六話「誘導尋問」

「か、帰ります…」 逃げるように荷物を抱えて席を立った私を、村瀬が追ってくるのがわかった。 「すみません、私ったら、何て話を・・・」 「泣いているの?」 私は「泣いてなんかいません」という代わりにじっと村瀬の目を見つめた。 こんな時、粘膜に細く…

第四十五話「ロリータ」

「金沢行きは急に決まったそうですね。」 「医局人事に逆らえない悪習は、企業人事と同じようなものでしょうね、ただ金沢へ1年行けば、大学院へ進む時に配慮すると、助教授に言われました。だから、行きます。」 「そうだったんですか・・・」 「まぁ博士課程…

第四十四話「スプリングボード」

湯川の言葉は少なからず、私の考えに影響を与えた。 勿論、すぐに心が軽くなるわけではなかったが、 「衛がただ一人のひと」だからではなく、私自身の生い立ちの問題なのかもしれないと。 「しかし、アレだね。医療関係者以外の人と、飲む機会なんて本当に少…

第四十三話「初恋の幻影」

送別会は、本当に気安い雰囲気で行われた・・・というより単なる合コンだった。 私の隣に座ったのは、村瀬ではなく精神科医の湯川だった。 私は精神科医と聞いて、ほんの少し躊躇えた。全て見透かされるような気がしたのだ。 食事が運ばれ、乾杯の後、休みの…

第四十二話「予感」

甲状腺機能低下は適切な量の甲状腺ホルモンさえ補充していれば大事に至る事はない。 その意味では病気である事を忘れてしまうような種類の病である。 私の症状はすっかり安定し、神経内科への通院の必要はなくなっていた。 私は投薬の為に定期的に耳鼻科に通…

第四十一話「過剰な依存心」

神経内科医の村瀬の言葉通り、検査結果は良好だった。 私は次第に体力を快復し、ナースステーションまで自力で歩けるまでになった。 軽いふらつきは残っていたが、目眩も治まり、退院できる事になった。 主治医は退院後もしばらく通院の必要があると言った。…

第四十話「病魔」

論文の作成は難航した。 当たり前だが、いくら指導を受けても、最後は自分で書かなければならない。 自分が同期の中で一番良い中間発表をし、誰よりも期待されていて、最も優秀な論文を出せる 位置にいるという自負心とは裏腹に、自分の能力の低さを呪う・・…

第三十九話「誰にも言えない」

ここは、勉強ができなければ、存在価値がない場所であると同時に、 セクハラが起きやすい条件を悉く備えている場所でもある。 上手い断り方を知らず、研究生活を追われる女性が時々いる。 あるいは、全て許してしまって、密かにボロボロに傷ついている女性も…

第三十八話「プラトニック・スウィサイド」

「あなたは私が○大教授の娘と知っているの?」 言葉がノドまで出掛かっていた。 そう言えば、彼は我にかえって手を止めるだろう。 身を守るには、父の権力を利用するのが手っ取り早いのはわかっていた。 けれどもどのような形であれ、歯向かった事実は消えな…

第三十七話「セクシュアル・ハラスメント」

感傷的な心を意識的に捨てた途端、私の成績は驚異的に伸びた。 私はいかにして幻想に惑わされ、いかにしてそこから脱却すべきか・・・ それらを論理的に解明する事に救いを見出していた。 私の指導教授は、国際会議に日本から唯一人だけ招待されるような、高…

第三十六話「シンクロニシティー」

父はそのコートに異常な執着を見せた。 そばにいる私の顔色の悪さには、まるで無関心なままであったのに・・・。 「これは、あの人がいつも着ていたコートだ。間違いない・・・私が買った物だ。 ・・・どうして、ここに?」 父はやっと、私の方へ顔を向けた…

第三十五話「父の愛人の死」

どうやって家路に着いたのか、私には記憶がなかった。 ただ、ぐっしょり濡れたコートを袋に入れ、代わりにあの女性が貸して くれたコートを羽織っていたことだけは覚えている。 私は、その夜、高熱を出した。 母が懸命に看病してくれたこと、そして父が、そ…

第三十四話「死の影」

ずっと放心状態であった私は、新緑の瑞々しい木々の眩しさに触れて、 突然、真奈の死の理不尽さに、打ちのめされた。 息づく命の煌きは、真奈の死を受け入れられない私をいやでも覚醒させたのだった。 真奈は彼との将来まで考え、一日も早く自立したくて、色…

第三十三話「死の気配」

「髪を切ってまだ2週間だから、美容院に行くのは早すぎるか・・・」 朝早くに家に帰るのは、窮屈な日常を思い出させて憂鬱だった。 けれども真奈と違い、私には何の予定もなかった。 部屋から一歩も出ずに過ごしたのに、真奈との一夜は、何か私の心を騒がせ…

第三十二話「永遠の別れ」

真奈は実は自分には好きな男性がいるのだと打ち明けてきた。 彼がこの部屋に二度ほど泊まっていった事、けれども何もなかった事。 そして三度目に泊まって行った日に結ばれた事・・・。 その男性がいかに知的で、格好良くて、優しくて・・・といった話を、私…

第三十一話「初めての女友達」

私は真奈という名前の、一人暮らしの同級生の部屋に初めて泊まりに行った。 通販で買って慌てて組み立てたような白い家具や、可愛らしいけれど ひどく毛足の短い不思議な踏み心地の絨毯が私を迎えてくれた。 以前の私なら、絶対に知り合う事のない友人だった…

第三十話「都合のいい女」

「男はみんな、無条件で尽くしてくれる母親が好きなのよ。言葉や態度で表現できなかったり、 自分でも気付いていない男も中にはいるだろうけど、面倒をみてくれた母親の事を 「オフクロほど自分を愛してくれた女性はいない」 と思っているものよ。 だから、…

第二十九話「一度も働いた事のない女」

私の大学院進学は、私が高校生ごろから決まっていた事だった。 ちょうど大学進学率が半数を超え、もはやユニバーサル時代と言われ始めた頃だ。 大学院でさえ、大衆化が言われ、以前ほど特別な場所でなくなりつつあった。 私の周囲の友人は、誰一人として大学…

第二十八話「グロリア・スタイネム」

「女の子を男の子のように育てる親が増えた事は喜ばしい、けれども残念ながら、 男の子を女の子のように育てる親は少ない。」 美貌のフェミニスト、グロリア・スタイネムがインタビューに答えているビデオを観た。 私は大学で、女性学の講義を受けていた。 …

第二十七話「地方出の同級生たち」

受験らしい受験も経ず、私はそのまま大学に進学した。 教師がマイクで講義をする姿や、担任がいないことに多少の違和感はあったものの、 いつも行動を共にするメンバーが同じであった為、私はそんな環境にもすぐに慣れた。 講義の内容は面白いものと、ただ眠…

第二十六話「生きていても甲斐なきこのいのち・・・」

私は空虚だった。 衛を失った時に感じた、 「この先わたしの人生には辛い事しか用意されていないのではないか」 という暗い予感は見事に的中し、心から楽しいと思えることのない、暗く長い日々が私を覆っていた。 いわゆる失恋の痛手は、確かに時とともに癒…

第二十五話 「何も知らないまま恋をした」

私はあれ以来、相変わらず父が家に戻る度、嫌悪を感じていた。けれども 父が戻らない日は、一層胸騒ぎを覚えるのだった。・・・ 私は、やはり思い切って父にも同じ質問を投げかけてみる事にした。 父は、相変わらず雄弁だった。 「恋は当事者同士の問題だ、…

第二十四話 「弱い事は、実は強いこと」

長い休みが終わる事は、ある意味で私を救った。 今までも滅多に顔は合わせなかったが、私は意識して父を避けるようになっていた。 母は何も知らないのか、あるいは知っていて知らぬフリをしているのかわからないが、 今でも父に敬語で接し、甲斐甲斐しく世話…